カテゴリ:仕事( 5 )

最後の日

今日は6月1日。この部署での仕事の最後の日でした。

この部署で仕事始めたのが去年の5月31日だから、ちょうど1年。
短かったけど、よく考えたらメンタルヘルスの仕事で一番長くしたことになります。

インターンは8ヶ月ずつだったし、卒業してからの仕事は3ヶ月と4ヶ月だったし。

そして最後の日だったけど、毎週木曜日のグループがありました。
今日のトピックは何にしようかなー、ほんとは気が抜けてるけど、
クライアントがいる仕事なんだからちゃんとグループしないといけないし、
なーんて考えていました。

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by duggo | 2006-06-02 14:51 | 仕事

また?転職?

日本での短いながらも内容の濃かった休暇も終わり、さっそく日常の生活に戻っている今日のこの頃だけど、うちのエージェンシー内のほかの部署で空きが出て、ちょうどそのプログラムで働いている日本人の先輩(っていうのかな?)に応募してみたら?えー応募してみなよー、みたいに誘われたので、今の仕事で6ヶ月も上司のいないウンザリ感も手伝って、面接受けてきちゃいました。まー、カジュアルな引き抜きみたいなもんだけど。

っていっても、結局その日本人の人とその上司とだったからあまり緊張とかでもなかったんだけど、なんだかオファーきちゃう気がするんだよね。

老人のメンタルヘルスのしかも外回り系の仕事。老人はもうちょっとレイドバック系で今のようなハードコア系クライアントよりもいいかなーなんて思ってるんだけど、今の部署は人手が足りないの明らかだし、でもすっかり上司がいないのでこき使われまくりって気もするし、給料にも満足してないし。特に日本人が故に働いちゃうんだよねー、上司のいない分まで。しかもそれも静かに、文句も言わずに。といっても休暇後に思いっきり今の上司の上司にいつまでに上司を雇うんですか?って強い口調で聞いたら、彼女が僕の隣りのオフィスに一時的に引っ越してきてサポートしてくれるっていうアレンジしてくれたんだけど、結局はマネージャーだから他のミーティングとかでいないことが多くて、あまり意味ないって感じも否めなくて。

あーでもオファーが来たっていって、今の部署の上の人(隣りに移ってきた人)とネゴするのとか気がすすまないんだけど。麻薬アルコール中毒の専門の免許は諦めないといけないとは思うけど、それ以外のソーシャルワーカーのライセンス、老人・アジア系の専門家の資格はとれそうだし、新しいところだと。

まー明日コールバックして結果がわかるんだろうけど、今日面接した上司からメッセージが2回も残ってたってことはかなりの確率でオファーされるんじゃないかと。

そんなこともありながら、知り合いがうちのエージェンシーのほかのポジションを応募して、面接するみたいで昨日ランチの後面接対策をその友達に話してきました。そんな相談にのりながら、結構自分は就職カウンセラーとか得意そうとか思っちゃいました。

そりゃー日本でもこっちでもあれだけ就職面接すりゃー、しかもかなりの確率で面接すればオファーされてる感じもするし。

もし日本に帰って職に困ったらこれかもな、なんてふと考えちゃったり。

今のとこの上司にはこれだけの給料でオファーがきて、ライセンスのためのスーパービジョンももらえるので、現状維持しかできないなら新しいポジションに移るしかないって話すことになるのかなー。NPOだから予算も限られてるから、そんな簡単に給料あがらなそうだけど。

どーなることやら。外回りの方が息詰まらなくていい気もするんだけど、今のオフィスで仲良くなった人たちとは会えなくなるだろうし、新しいクライアント、同僚と、新しい仕事に慣れるのがまた大変というか、一から出直すというのもなー。

と思いっきり迷いまくってる今日この頃。

老人専門とかのほうが、日本でも使えそうかなーなんて考えてみたり。

でも中毒専門もこれから日本で必要とされてきそうだし、しかもメンタルヘルスとの同時医療介護とかなー。

ゆくゆくはパーティーとかでボランティアでテント出して最初の相談にのったりって大胆な計画も中毒専門でいけばできるかもしれないし。
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by duggo | 2006-05-02 14:29 | 仕事

新年会

こないだの土曜日、日本人の友達しかも社会福祉関係の集まりで知り合って仲良くなった友達同士で日本食レストランで新年会をしました。6人の予定が2人欠席してしまったけれど、4人(女性3人と僕)でかなり盛り上がってしまいました。

日本とは違って酒をたくさん飲んでとかじゃなくて、でもなんと個室のお座敷で久々の日本食を満喫できていやー幸せだった。一緒にきた1人が言ってたけど、前に来た時には日本人は自分だけだったから、この日本食の食べる喜びや盛り上がりがなかったって。

確かに、焼きおにぎり、秋刀魚の塩焼き、牡蠣フライ、もずく、から揚げ、あげだし豆腐、最後は抹茶のアイス揚げのデザートまで。もう、ここぞとばかりに個室のくせにかなりうるさくて、多分周りのお客さんもあの個室はきゃーきゃーすげーなーぐらいの勢いでした。

日本では高校の先生してたり、今の夫との知り合ったきっかけはバーであいつだ!って心に決めてナンパしたのが始まりとか、いやーまじめな集まりではあまり話せないようなこととかも聞く事ができたし。

始まる前に日本食品スーパーでおでんセットやけんちん汁の材料とか買って、ごぼうが袋からはみ出てたら、かなり他の2人に笑われたけど、おでんとかけんちん汁とか作るの楽しみです。料理好きというよりは、これが食べたいと思ったらそれを作らないとこっちにはないので、って理由なんだけど。半分以上の人は自炊とかあまりしないんだよね、こっちに住んでいる日本人は。それもそれですごいと思うんだけど。茹でてできるものしか買わないって人を何人か知っています。

そんなに高くなかったし、また理由を見つけてやらなくちゃと思いました。
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by duggo | 2006-01-10 14:14 | 仕事

グループの1日

仕事も10月から始まってもう13日か。なんだかあっという間だね。クライアントがまだ異常に少ない僕はなんとグループ(セラピー)を水曜に2つすることになりました。っていっても、僕一人ではなくて、もう一人の別々の同僚二人でそれぞれのグループを一緒にすることに。で、今朝はそれに加えて、僕のチームリーダー(つまり上司)のしているグループにも同席させてもらうことに。結局今日はグループで仕事の10時間中5時間を過ごしたことになります。

朝一の上司のグループは週に4回もあるインテンシブグループ。内容はインテンシブじゃないけど、週に4回来るっていうのが一応の前提。病院から退院して家に閉じこもったりすると、また入院する可能性が高まるような人へ。妄想や幻覚の状態で一人で過ごしていると、危険だからね。

で、そのグループは年齢も症状の重度も様々。そこの若い男性が話し始めました。怒りが収まらない。周りの人やもの全てに対して。そして昨夜あった母親との喧嘩などを話し始めました。野球帽を深くかぶって、とても街中で見たらその辺の若者と全く区別のできない彼。一見すると、フットボールとかの選手のような体格も良くて、見た目もかっこいー彼。話し振りも他のグループメンバーとは比べものにならないぐらい論理的に、心情描写も深いのです。

一人の年配の女性はそこでせくせくと編物をしています。ちゃんと編んでるのかなぁ?とちょっと気になって編みあがっているものに目を送ると、なんとちゃんと模様まではいっているひざ掛けを編んでいる様子。その女性にちょうど隠れるように、怒った彼は話しつづけています。

その隣りの超ふとった男性は鼻のところに酸素ボンベのチューブをつけて、小さなペットボトルサイズの酸素ボンベを手提げにいれています。そう、酸素吸入の音が規則的に。

想像してみてください、僕は編物をしている女性の規則的に動く手を見ながら、酸素吸入の規則的な音を聞きながら、ストーリーはその向こうからあふれ出る感情を抑えようとしながら聞こえてくる涙声の風景を。

彼は両親に対する怒りを表現しているんだけど、それはなぜか自分に全部向けられているように僕には聞こえました。自分を責めてるんだよね。それが間違っているとかじゃなくて、そんな彼の悲しみが伝わってきていたような気がします。

そして、普段はそんな長い間注意力を維持できない人たち(グループメンバー)が怒りと悲しみとを涙声で表現している彼に対して、精一杯の努力をして聞いています。そう、その辛さを共有している人たちだから。

話が一段落して、休憩が入って僕と上司は部屋を出てオフィスに戻りました。そして上司はその彼についてちょっとした背景を話してくれました。
「僕も彼がいくつか正確には知らないけど、高校までは彼はストレートA(オールA)で、スポーツも万能で家族でも学校でもいつも飛びぬけていたらしいんだけど、メンタルイルネスの症状がだんだんひどくなって、それを全部諦めなくちゃいけなくなったんだよね。今は学校もあまり通えず、仕事もビル掃除とかしかできず。でも自分が一番良くできていた、つまり家族の世話やいろんなことを責任もって引き受けていた自分に別れをしなきゃいけない現実と葛藤しているんだよね」

病名は知らないけど、彼の自分に対する恥、自責の念、それに対する怒りをとっても感じたんだよね。彼の感性の深い洞察力のある考えが周りの人に理解されないことへの怒り。それは彼がオールAのスチューデントから”精神病”の人に変わったことでいろんな障害、差別に向き合わないといけないという現実。その怒りが、家族に対して爆発して、それをまた自分に対して一手に責めつづける彼。

さて、時間は過ぎて次のグループ。それはセルフエスティーム(自尊心)の向上を目指すグループ。もうこれは1冊のワークブックを元にした徹底的なワークショップ系のグループ。クラスって感じかな。メンバーはまた様々で、さっきの彼もいました。僕の隣りにはよく話すんだけど、かなり長年重度の精神障害に悩まされているクライアントが。彼女は年配で車椅子に乗っていて、意味がわからないプリントにある言葉とかは僕にこれはどういう意味だい?とか聞いたり、もう一人の僕の同僚(グループファシリテーター)がそのクライアントを担当しているらしく、とにかくよくしゃべるんだよね。

で、クラスはドンドン進んでいき、終わりに近づいてきた時に、その車椅子の彼女が詩を読みたいって言い出しました。彼女の今までの話の内容からだと、あまり期待しない程度にじゃー聞きましょうって(これは僕の本音だったんだけど)ことになって。

その詩はBUMPについてでした。アメリカには住宅地に(って日本にもあるかな?)車がスピード出さないようにBUMPなるデッパリがあって、それを超えるには面倒だけどスピードを落とさないといけないんだよね。その詩の内容は、そのBUMPについて。

BUMPを超えるのは時には簡単じゃないけど、越えないと何も始まらない。時にはBUMPを超えることが凄く面倒くさくでも、越えた後には必ず何かが始まっているって内容。BUMPってそんなに難しくなさそうじゃん?越えるの。でもさ、世間では難しくなさそうなことが、精神に障害を持った人たちにはとっても大変だったりするわけです。そんな意味合いも込めたとっても深い内容の詩でした。

そして、野球帽の彼が(そこまでのクラス形式に嫌気がさしたのか)こう提案しました。「じゃーこのへんでみんなそれぞれのチェックイン(調子はどうかっていう一言)しないか?」

僕は彼の話を前のグループで聞いていたので、もしかしたら彼がそのことについて話したいのかな?って心の中で思いながら。

そしたら、車椅子の彼女が(また)話し出しました。

「ワタシは長い間、鬱で分裂病で本当に何をするのも生活の中で大変だし、でも人に対していいことをしようと努力して、結局自分のことを最後にしてしまう。そうすると、メンタルヘルスの状況や状態も手伝って人に利用されたり、自分を傷つけたり、本当にいろんな経験をしてきたのよね。そう、今日このクラスで私が学んだことは、自分を大切にしてあげることを忘れないこと。いたわってあげることを忘れないこと。それをしてようやく他人に対してやさしくできるってこと。数々の失敗からワタシはいろんなことを今まで学んできたわ。失敗したら何かをそこから学ぶ、そして自分を責めないようにする、それが大切だと思うの。そして今日は失敗からではないけど、また新しく自分をいたわってあげることを学んだんじゃないかと思うの。」

今までの彼女の話し振りからは詩の朗読に続いて、またまた想像を越えたストーリーが繰り広げられたわけです。そして、そのストーリーは野球帽の彼の昨夜の出来事、彼の葛藤(精神疾患に悩まされる人として)をもまるで知っているかのようにカバーしているストーリー。僕は一人で涙ぐんでました。彼はこの話をどーやって聞いているんだろう?

なんて不思議なタイミングで彼の話、彼の提案で生まれた状況でそんな話をしそうもないない人からストーリーが語られる。その話をおそらくつなげられたのは僕と彼の二人だけじゃないかな。でも車椅子の彼女のその不思議なパワー。人間の持っている、無限のパワー、そんなことをグループのみんなは感じてたんじゃないかな。

やっぱり、グループっていろんな秘めたパワーや可能性がいろんなとこからやってくるのが予想できないところが魅力だよなー。まったく、僕自身のセラピーだった今日のグループの一日でした。
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by duggo | 2004-10-14 13:40 | 仕事

就職決定!

就職が決まりました。卒業後初めての面接。なんと、とってもラッキーなことに、そのポジションに数週間前に就いた日本人の人をたまたま紹介してもらい、面接前に会うことができました。しかも、面接の質問も教えてくれて、僕としては1次前にすっかり答えをばっちり用意することができたのです。そして、当日はその知り合いも面接官の一人として座っていました。6人の面接官に1人、しかも初のアメリカでの就職面接、もうなにがなんだかわからないぐらいに緊張するわ、覚えていた答えはでてこないわ。でも、もちろん答えを用意してきただけあって、それなりにポイントを得た内容で対応できました。

しかし、面接直後になぜか「あれ?なにこの感覚、違う、何かが違う。面接って質問に答えるだけなのかい?」とふと我に返る自分。時すでに遅し、面接は終了。おかげで僕は優等生という印象を与えることには成功して帰宅。

僕のアピールしたいのは優等生というところなのか?いや、違う。もっと人間味、穏やかな(風にみえるとも言えますが)雰囲気、初対面でも(自分の中では人見知り超激しいですが)人当たりの良いところとかそーゆーところのはず。本や教科書ではわからない、人間と人間のつながりの部分、そこが自分の求めるとこなんじゃないのか?それはどれだけ6人の相手に伝えることができたのか?と考えた時、やっばー全然ダメだったじゃん。

もう自己嫌悪の嵐がふきまくって、いてもたってもいられなくて、悔いばっかり残って、これで就職できるとは到底思えない!と自分でも確信して(そうです、この時点ではまだまだでした)。

そしてなんと2次面接の連絡が。もうとっても嬉しかったです。だってこれで僕という人間を知ってもらう機会がまたあるってことだから。嬉しいというよりは興奮してました。それからは、どうやって自分という人間をそんな限られた時間の空間の中で知ってもらえるかってことに重点をおいて、これまでの経験や、何が自分が貢献できるか、どんなことを自分はこの仕事で大切にしているかなど、そんなことを文章にしながら練っていきました。同時進行で友達から僕との関係のいろんな意味、自分を信じるということのパワーがどんなにすごいかなどなどサポートももらいながら。

さぁ、2次面接。チームメンバーが勢ぞろいでしかもそのポジションから去る人のお別れ会がてらのポットラック最中での面接。これがかえってリラックスムードで、僕もすっかり落ち着きながら、そんなチームの平和で優しい雰囲気を感じながら最終面接。

英語で答えるから、ときどき詰まっちゃったけど、いいたいこと、要点、自分の大切にしている部分は伝わったという手ごたえ。新人(卒業直後)だけに、ベテランの人から長い間関係を築いてきたクライアントを引き継ぐことの重要性、難しさ、そしてなによりクライアント第一の姿勢などなど、ま、自分の弱点であるところをあえて言葉に出して、でもそれを承知で挑戦します!と豪語する自分。もう、今回の面接は終わる前から、大満足のはなまる君。もう、これでだめならしょうがない、諦めもつく、と納得の面接でした。

帰宅直後に人事部長から電話。ビザのことで聞きたいんだけど。そうそう、僕はアメリカでは現在1年間のプラクティカルビザしかない外国人。雇用主はビザの取得のスポンサーになって、手続きする必要が。そして、911後(不景気の影響もあって)の移民法改正によって、ビザに発給制限が。あと数週間でその制限数に達するとの情報が。

弁護士に相談して、自分のできる範囲の情報共有を人事部長にしたり、弁護士と連絡をとってもらったり、もう僕は大満足面接だったのにその余韻に浸ることもできず、もうすっかり精神的に疲労困ぱい。心配してもしょうがないけど、心配しかできない自分へのもどかしさ。

そして、マネージメントチームでのミーティングの結果を受けて、今日就職決定の電話が。これで、貧乏学生(あくまで学生の部分が主で貧乏はまだまだ卒業できないけど)生活からのお別れ、自分のやりたいことを仕事にできた喜び、パートナーと一緒にまだ暮らせるという喜び、自分を気に入ってくれた職場への就職、たくさんのことがイッショクタンになって本当に嬉しいです。あまりの嬉しさに、うちのDUGGO(シベリアンハスキー)君のブラッシングを1時間ほど綿密にしてしまいました。幸せの瞬間の共有だね。
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by duggo | 2004-09-24 09:03 | 仕事