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Duggo

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ダゴ(って読むんです)君の写真登場。

彼は、7年ほど前に日本で言う保健所(つまり動物収容されるところ)にいるのを、シベリアンハスキー愛する個人が引き取って、でもその女性にはすでに2人のハスキーが家にいて、とっても3人目は飼えないということで、飼い主募集していたところに、僕じゃなくて、僕のパートナーが当時付き合っていた人のリクエストで応募したらしいです。

なんと、面接が2回だか3回あって、その間にシベリアンハスキーの飼い方、散歩を必ず1日2回充分な時間をとって運動不足にならないようにするだとか、を念を押されてようやく譲り受けたダゴ君。

それまでに彼はすでに家出暦3回もあって、飼い主から逃げ出す常習犯だったらしく、当時引き取ってからも逃げること数回、そのたびに探し出してきたらしいです。今では歳もとってきたし(9-10歳ぐらい)、長年の僕のパートナーとのパートナーシップによって、逃げ出すことはなくなりました。

が、本能は消えないらしく、猫(特に飼い猫)やリス、タヌキを見ると押さえがきかず、殺人キラーの血が騒いで追っかけて行きます。ま、ほとんどの場合は、あっちのほうが逃げ切るので、僕はまだ殺人現場にでくわしたことはないんだけど。

シベリアンハスキーには珍しく、茶系のダゴ。でも目はシベリア人らしく(?)片目が青でもう一方が茶色です。僕がダゴと出会ったのは、今からもうすぐ2年前になるのかな。最初は特に特別な感情はなかったんだよね。犬を飼うってことは今まで一度も僕の人生でなかったし、でも好きだったけど、いったい犬の忠誠さに応えられない自分を発見するのが怖かったっていうのもあったし。

しかもダゴ君は愛想がないのです。散歩とお肉をおねだりするとき以外は。そして、ハスキー特有の本能的に自分が一番優位に立とうとする彼の態度。もう、あとからやってきた僕なんか馬鹿にされっぱなし。ま、多分ハスキー君はあまり頭もよくないので、きっとご主人様は1人しか記録されないんだとも思うんだけど。だから、基本的には僕はいつも無視されるんです、僕のパートナーと一緒の時は。

でも、彼、無愛想で生意気なんだけど、顔の表情があって、無愛想だからこそ、散歩に行くときの興奮して喜んでいる顔や、散歩で公園いって話してやったときのあの表情に惚れ込んでしまい、今ではパートナーにダゴが君は一番愛しているのを僕は知っているってコメントをもらうほどに。しかも、僕やパートナーが悲しいとき、喧嘩してとっても落ち込んでいるとき、必ず心配して横に寝沿ってくるのです。そう、あの無愛想で独立心の強い、ダゴ君が。もう、本当にこれは毎回で、どれだけ僕は彼の愛情に助けられたことやら。

だから、毎日1時間弱の散歩も彼の唯二(日に2回の散歩なので唯一X2)の楽しみも責任もってやっていけるんだよね。っていうか、散歩を毎日同じような時間帯にするので、そのおかげで毎日の日の短くなっていく様子や、その日の天気を僕自身が味わえる貴重な時間としても大切なんだよね。なんせアメリカは車社会だから、うっかりするとその日の天気を肌で感じないってことがあるからね。

いつまでも元気よく長生きしてほしいなー。
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by duggo | 2004-10-25 06:27 | duggo

メゾン・ド・ヒミコ

http://event.entertainment.msn.co.jp/eigacom/buzz/041021/03.htm

とっても楽しみな映画だなー。アメリカで見れるかな?
必要だよなー、ゲイの安心できる老後の生活図。
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by duggo | 2004-10-22 12:03

すごいなーと思いました。

http://www.asahi.com/national/update/1021/019.html

台風の浸水で京都舞鶴でのバスの屋根の上で救助を待って無事に助かったこの人たち。
なんだか、とっても偏見だけどアメリカじゃーないだろーなー、なんて思ったりして。
チームワークだよね、和ですよね、これって。
そして、これもすっごく偏見だけど、年配の人が、日本の戦後を築いてきた人たちが養ってきた、辛抱強さ、生命力の強さ、っていうのも感じました。

真っ暗で、一時はお腹のあたりまでバスの屋根の上に立ちながら浸水に耐えたっていうのは、想像を絶するほど恐怖の体験じゃないかと。でもそこは力を合わせて乗り越えよう!の和のパワーで全員無事だったっていうんだから。

そーゆーところ、僕らもたくさんあの年代から学んでいきたいなーなんて、ちょっと焦りながら思っちゃいました。

和 わ ワ 輪 人間のお互いによって引き出される無限の可能性のパワーを感じました。
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by duggo | 2004-10-22 11:26

グループの1日

仕事も10月から始まってもう13日か。なんだかあっという間だね。クライアントがまだ異常に少ない僕はなんとグループ(セラピー)を水曜に2つすることになりました。っていっても、僕一人ではなくて、もう一人の別々の同僚二人でそれぞれのグループを一緒にすることに。で、今朝はそれに加えて、僕のチームリーダー(つまり上司)のしているグループにも同席させてもらうことに。結局今日はグループで仕事の10時間中5時間を過ごしたことになります。

朝一の上司のグループは週に4回もあるインテンシブグループ。内容はインテンシブじゃないけど、週に4回来るっていうのが一応の前提。病院から退院して家に閉じこもったりすると、また入院する可能性が高まるような人へ。妄想や幻覚の状態で一人で過ごしていると、危険だからね。

で、そのグループは年齢も症状の重度も様々。そこの若い男性が話し始めました。怒りが収まらない。周りの人やもの全てに対して。そして昨夜あった母親との喧嘩などを話し始めました。野球帽を深くかぶって、とても街中で見たらその辺の若者と全く区別のできない彼。一見すると、フットボールとかの選手のような体格も良くて、見た目もかっこいー彼。話し振りも他のグループメンバーとは比べものにならないぐらい論理的に、心情描写も深いのです。

一人の年配の女性はそこでせくせくと編物をしています。ちゃんと編んでるのかなぁ?とちょっと気になって編みあがっているものに目を送ると、なんとちゃんと模様まではいっているひざ掛けを編んでいる様子。その女性にちょうど隠れるように、怒った彼は話しつづけています。

その隣りの超ふとった男性は鼻のところに酸素ボンベのチューブをつけて、小さなペットボトルサイズの酸素ボンベを手提げにいれています。そう、酸素吸入の音が規則的に。

想像してみてください、僕は編物をしている女性の規則的に動く手を見ながら、酸素吸入の規則的な音を聞きながら、ストーリーはその向こうからあふれ出る感情を抑えようとしながら聞こえてくる涙声の風景を。

彼は両親に対する怒りを表現しているんだけど、それはなぜか自分に全部向けられているように僕には聞こえました。自分を責めてるんだよね。それが間違っているとかじゃなくて、そんな彼の悲しみが伝わってきていたような気がします。

そして、普段はそんな長い間注意力を維持できない人たち(グループメンバー)が怒りと悲しみとを涙声で表現している彼に対して、精一杯の努力をして聞いています。そう、その辛さを共有している人たちだから。

話が一段落して、休憩が入って僕と上司は部屋を出てオフィスに戻りました。そして上司はその彼についてちょっとした背景を話してくれました。
「僕も彼がいくつか正確には知らないけど、高校までは彼はストレートA(オールA)で、スポーツも万能で家族でも学校でもいつも飛びぬけていたらしいんだけど、メンタルイルネスの症状がだんだんひどくなって、それを全部諦めなくちゃいけなくなったんだよね。今は学校もあまり通えず、仕事もビル掃除とかしかできず。でも自分が一番良くできていた、つまり家族の世話やいろんなことを責任もって引き受けていた自分に別れをしなきゃいけない現実と葛藤しているんだよね」

病名は知らないけど、彼の自分に対する恥、自責の念、それに対する怒りをとっても感じたんだよね。彼の感性の深い洞察力のある考えが周りの人に理解されないことへの怒り。それは彼がオールAのスチューデントから”精神病”の人に変わったことでいろんな障害、差別に向き合わないといけないという現実。その怒りが、家族に対して爆発して、それをまた自分に対して一手に責めつづける彼。

さて、時間は過ぎて次のグループ。それはセルフエスティーム(自尊心)の向上を目指すグループ。もうこれは1冊のワークブックを元にした徹底的なワークショップ系のグループ。クラスって感じかな。メンバーはまた様々で、さっきの彼もいました。僕の隣りにはよく話すんだけど、かなり長年重度の精神障害に悩まされているクライアントが。彼女は年配で車椅子に乗っていて、意味がわからないプリントにある言葉とかは僕にこれはどういう意味だい?とか聞いたり、もう一人の僕の同僚(グループファシリテーター)がそのクライアントを担当しているらしく、とにかくよくしゃべるんだよね。

で、クラスはドンドン進んでいき、終わりに近づいてきた時に、その車椅子の彼女が詩を読みたいって言い出しました。彼女の今までの話の内容からだと、あまり期待しない程度にじゃー聞きましょうって(これは僕の本音だったんだけど)ことになって。

その詩はBUMPについてでした。アメリカには住宅地に(って日本にもあるかな?)車がスピード出さないようにBUMPなるデッパリがあって、それを超えるには面倒だけどスピードを落とさないといけないんだよね。その詩の内容は、そのBUMPについて。

BUMPを超えるのは時には簡単じゃないけど、越えないと何も始まらない。時にはBUMPを超えることが凄く面倒くさくでも、越えた後には必ず何かが始まっているって内容。BUMPってそんなに難しくなさそうじゃん?越えるの。でもさ、世間では難しくなさそうなことが、精神に障害を持った人たちにはとっても大変だったりするわけです。そんな意味合いも込めたとっても深い内容の詩でした。

そして、野球帽の彼が(そこまでのクラス形式に嫌気がさしたのか)こう提案しました。「じゃーこのへんでみんなそれぞれのチェックイン(調子はどうかっていう一言)しないか?」

僕は彼の話を前のグループで聞いていたので、もしかしたら彼がそのことについて話したいのかな?って心の中で思いながら。

そしたら、車椅子の彼女が(また)話し出しました。

「ワタシは長い間、鬱で分裂病で本当に何をするのも生活の中で大変だし、でも人に対していいことをしようと努力して、結局自分のことを最後にしてしまう。そうすると、メンタルヘルスの状況や状態も手伝って人に利用されたり、自分を傷つけたり、本当にいろんな経験をしてきたのよね。そう、今日このクラスで私が学んだことは、自分を大切にしてあげることを忘れないこと。いたわってあげることを忘れないこと。それをしてようやく他人に対してやさしくできるってこと。数々の失敗からワタシはいろんなことを今まで学んできたわ。失敗したら何かをそこから学ぶ、そして自分を責めないようにする、それが大切だと思うの。そして今日は失敗からではないけど、また新しく自分をいたわってあげることを学んだんじゃないかと思うの。」

今までの彼女の話し振りからは詩の朗読に続いて、またまた想像を越えたストーリーが繰り広げられたわけです。そして、そのストーリーは野球帽の彼の昨夜の出来事、彼の葛藤(精神疾患に悩まされる人として)をもまるで知っているかのようにカバーしているストーリー。僕は一人で涙ぐんでました。彼はこの話をどーやって聞いているんだろう?

なんて不思議なタイミングで彼の話、彼の提案で生まれた状況でそんな話をしそうもないない人からストーリーが語られる。その話をおそらくつなげられたのは僕と彼の二人だけじゃないかな。でも車椅子の彼女のその不思議なパワー。人間の持っている、無限のパワー、そんなことをグループのみんなは感じてたんじゃないかな。

やっぱり、グループっていろんな秘めたパワーや可能性がいろんなとこからやってくるのが予想できないところが魅力だよなー。まったく、僕自身のセラピーだった今日のグループの一日でした。
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by duggo | 2004-10-14 13:40 | 仕事