Duggoと猫

a0011876_1351057.jpg
ダゴ君のご近所にはたくさんのダゴの好物じゃなかった、お友達?が住んでいます。うちの目の前の猫ちゃんは飼い主が家を出るとき、帰ってくるとき必ずといっていいほど見送り&お迎えにくるんだけど、その飼い主の人はあまりかまってあげていない感じなので、ダゴを尻目に今回ちょっと出張して、なでなでしに行ってみました。
そのときのダゴの哀愁?あふれる背中です。まぁ、彼にはもうたっくさんの愛情そそいでるんだからちょっとぐらい近所の猫ちゃんと仲良くしたっていいじゃんねー。哀愁ではなくて実はよだれがたれてたりして、大好物だけに。
[PR]
# by duggo | 2005-06-09 13:55 | duggo

トマトとイチゴ

a0011876_13211321.jpg
さてさて、鉢で種から栽培をはじめたミニトマト(確かミニキャロルって名前だった気がするけど)の第一号を発見しました。まだ緑だけど、花も結構ついてるし赤くなって食べられるようになるまで待ち遠しいです。

a0011876_13233236.jpg

そして、なんとうちの庭にはごろごろをイチゴが生えているのも最近発見して、周りの雑草を刈って、イチゴさんの周りには栽培用の土をしいて、イチゴさんの収穫も楽しみな今日この頃です。暖かかったけど、最近というか今週は涼しくなったのでどうかなー、赤くなるかなーと心配ですが一応一つ赤くなり始めています。写真はぼやけてしまったけど。

うちの相方はビーフステーキトマトっていうでっかいトマト(これも種から栽培たんだけど)を菜園に植え替えた時に、手作りの温室を作って育ててたらやっぱりでっかくなってきて(トマトはまだだけど)、支えるポールを買ってきたら、温室に納まらなくて、本日拡張工事しておりました。でっかいトマトもできちゃうのかなー、楽しみだ。

そうそう、そーいやー香菜(コリアンダー)もでっかくなって先週末ツナサンドに混ぜてみました。
[PR]
# by duggo | 2005-06-09 13:31 | 庭仕事

思い出

a0011876_14375662.jpg

もう去年のBMから9ヶ月が経ったんだよね。あれからいろんなことがありました。そうそう、最近BMへ一緒に参加してくれた友達夫婦が日本で結婚式と披露宴をしたんだよね。で、ようやく今まで引き延ばし続けていたアルバムを作ってプレゼントに送りました。

デジカメだったから改めてプリントしてアルバムに収めてみると、いやー行ったんだなー。と実感が湧いたりして。
a0011876_14473710.jpg

来てくれてありがとね、と改めてここで。それから、おめでとう。とても素敵な時間だったみたいだね。

今年は行かないかな、きっと。でも7月の21日から25日までワシントン州であるレイブには行こうと思っていますので、是非参加してください、日本の人。パリの人もね。

なんたって、ダゴ君連れて行けるしね。
[PR]
# by duggo | 2005-06-02 14:48 | BM

きこり?

先週末は連休の週末だったっていうこともあり、って何気に書き始めましたが、とってもご無沙汰しています。

そう、それでその先週末、うちのパートナーの実家って言うんですかね、オレゴン州の田舎に行ってきました。いやー、今まで何回かこちらにご両親来てもらっていたけど、こちらから泊まりに行ったのは今回が初めてでした。誰のご両親でもそうだけど、本当に他の人の家族を肌で感じることは本当に興味深いものがあります。心理学勉強している身としては。お父さん子だけあってうちのパートナーはやっぱりお父様の血を引き継いでいるという感じでした。とにかく70代なのに働く働く。
近くの木が折れたので腐っちゃう前に切って今度の冬の焚き木にするというプロジェクトがありました。チェーンソーを使って木を切って、それをトラックに投げて、家に運んできてまたそれを焚き木置き場へ置くという作業。いやーアメリカっていう文化なんだろうけど、本当に体力いる仕事でした。もちろん一番若い僕が一番へなちょこでしたけど。

a0011876_14324577.jpg


チェーンソーなんて人生きっと映画では見たことがあっても、使うことなんて生きているうちはないと思っていたから、いい経験になりましたが、やっぱり自分にはあそこまでの体力仕事は向いてないなーと。でも、そのご褒美かどうかはわからないけど、ブルーベリーの木を1本もらってきました。たぶん今年はできないかもしれないけど、来年はわんさかできることを祈ってます。
自分はすでに父親を亡くしているので、なんだか今でも仲良しなしかも働き者同士の父と息子を近くで見ていて羨ましいような、でもなんだかそんなパートナーの嬉しそうな姿をみて、なんともいえない素敵な気持ちになれました。
次から次へと仕事を思いつくところが妙に似ていて、もーこれが遺伝してるんだと納得。でも木々のあふれる自然の豊かなところで、また来なくちゃなと思いました。なんとなく自分の父親のお墓のある叔母のお寺に通じるものがありました。気持ちがゆっくり、ゆったりできるというか。ま、アメリカらしく?肉体労働つきだけど。

そして、なによりもうちのパートナーの子ども時代の姿をまた楽しみに感じることができるしね。
[PR]
# by duggo | 2005-06-02 14:33 | Private

Duggo

a0011876_6242090.jpg

ダゴ(って読むんです)君の写真登場。

彼は、7年ほど前に日本で言う保健所(つまり動物収容されるところ)にいるのを、シベリアンハスキー愛する個人が引き取って、でもその女性にはすでに2人のハスキーが家にいて、とっても3人目は飼えないということで、飼い主募集していたところに、僕じゃなくて、僕のパートナーが当時付き合っていた人のリクエストで応募したらしいです。

なんと、面接が2回だか3回あって、その間にシベリアンハスキーの飼い方、散歩を必ず1日2回充分な時間をとって運動不足にならないようにするだとか、を念を押されてようやく譲り受けたダゴ君。

それまでに彼はすでに家出暦3回もあって、飼い主から逃げ出す常習犯だったらしく、当時引き取ってからも逃げること数回、そのたびに探し出してきたらしいです。今では歳もとってきたし(9-10歳ぐらい)、長年の僕のパートナーとのパートナーシップによって、逃げ出すことはなくなりました。

が、本能は消えないらしく、猫(特に飼い猫)やリス、タヌキを見ると押さえがきかず、殺人キラーの血が騒いで追っかけて行きます。ま、ほとんどの場合は、あっちのほうが逃げ切るので、僕はまだ殺人現場にでくわしたことはないんだけど。

シベリアンハスキーには珍しく、茶系のダゴ。でも目はシベリア人らしく(?)片目が青でもう一方が茶色です。僕がダゴと出会ったのは、今からもうすぐ2年前になるのかな。最初は特に特別な感情はなかったんだよね。犬を飼うってことは今まで一度も僕の人生でなかったし、でも好きだったけど、いったい犬の忠誠さに応えられない自分を発見するのが怖かったっていうのもあったし。

しかもダゴ君は愛想がないのです。散歩とお肉をおねだりするとき以外は。そして、ハスキー特有の本能的に自分が一番優位に立とうとする彼の態度。もう、あとからやってきた僕なんか馬鹿にされっぱなし。ま、多分ハスキー君はあまり頭もよくないので、きっとご主人様は1人しか記録されないんだとも思うんだけど。だから、基本的には僕はいつも無視されるんです、僕のパートナーと一緒の時は。

でも、彼、無愛想で生意気なんだけど、顔の表情があって、無愛想だからこそ、散歩に行くときの興奮して喜んでいる顔や、散歩で公園いって話してやったときのあの表情に惚れ込んでしまい、今ではパートナーにダゴが君は一番愛しているのを僕は知っているってコメントをもらうほどに。しかも、僕やパートナーが悲しいとき、喧嘩してとっても落ち込んでいるとき、必ず心配して横に寝沿ってくるのです。そう、あの無愛想で独立心の強い、ダゴ君が。もう、本当にこれは毎回で、どれだけ僕は彼の愛情に助けられたことやら。

だから、毎日1時間弱の散歩も彼の唯二(日に2回の散歩なので唯一X2)の楽しみも責任もってやっていけるんだよね。っていうか、散歩を毎日同じような時間帯にするので、そのおかげで毎日の日の短くなっていく様子や、その日の天気を僕自身が味わえる貴重な時間としても大切なんだよね。なんせアメリカは車社会だから、うっかりするとその日の天気を肌で感じないってことがあるからね。

いつまでも元気よく長生きしてほしいなー。
[PR]
# by duggo | 2004-10-25 06:27 | duggo

メゾン・ド・ヒミコ

http://event.entertainment.msn.co.jp/eigacom/buzz/041021/03.htm

とっても楽しみな映画だなー。アメリカで見れるかな?
必要だよなー、ゲイの安心できる老後の生活図。
[PR]
# by duggo | 2004-10-22 12:03

すごいなーと思いました。

http://www.asahi.com/national/update/1021/019.html

台風の浸水で京都舞鶴でのバスの屋根の上で救助を待って無事に助かったこの人たち。
なんだか、とっても偏見だけどアメリカじゃーないだろーなー、なんて思ったりして。
チームワークだよね、和ですよね、これって。
そして、これもすっごく偏見だけど、年配の人が、日本の戦後を築いてきた人たちが養ってきた、辛抱強さ、生命力の強さ、っていうのも感じました。

真っ暗で、一時はお腹のあたりまでバスの屋根の上に立ちながら浸水に耐えたっていうのは、想像を絶するほど恐怖の体験じゃないかと。でもそこは力を合わせて乗り越えよう!の和のパワーで全員無事だったっていうんだから。

そーゆーところ、僕らもたくさんあの年代から学んでいきたいなーなんて、ちょっと焦りながら思っちゃいました。

和 わ ワ 輪 人間のお互いによって引き出される無限の可能性のパワーを感じました。
[PR]
# by duggo | 2004-10-22 11:26

グループの1日

仕事も10月から始まってもう13日か。なんだかあっという間だね。クライアントがまだ異常に少ない僕はなんとグループ(セラピー)を水曜に2つすることになりました。っていっても、僕一人ではなくて、もう一人の別々の同僚二人でそれぞれのグループを一緒にすることに。で、今朝はそれに加えて、僕のチームリーダー(つまり上司)のしているグループにも同席させてもらうことに。結局今日はグループで仕事の10時間中5時間を過ごしたことになります。

朝一の上司のグループは週に4回もあるインテンシブグループ。内容はインテンシブじゃないけど、週に4回来るっていうのが一応の前提。病院から退院して家に閉じこもったりすると、また入院する可能性が高まるような人へ。妄想や幻覚の状態で一人で過ごしていると、危険だからね。

で、そのグループは年齢も症状の重度も様々。そこの若い男性が話し始めました。怒りが収まらない。周りの人やもの全てに対して。そして昨夜あった母親との喧嘩などを話し始めました。野球帽を深くかぶって、とても街中で見たらその辺の若者と全く区別のできない彼。一見すると、フットボールとかの選手のような体格も良くて、見た目もかっこいー彼。話し振りも他のグループメンバーとは比べものにならないぐらい論理的に、心情描写も深いのです。

一人の年配の女性はそこでせくせくと編物をしています。ちゃんと編んでるのかなぁ?とちょっと気になって編みあがっているものに目を送ると、なんとちゃんと模様まではいっているひざ掛けを編んでいる様子。その女性にちょうど隠れるように、怒った彼は話しつづけています。

その隣りの超ふとった男性は鼻のところに酸素ボンベのチューブをつけて、小さなペットボトルサイズの酸素ボンベを手提げにいれています。そう、酸素吸入の音が規則的に。

想像してみてください、僕は編物をしている女性の規則的に動く手を見ながら、酸素吸入の規則的な音を聞きながら、ストーリーはその向こうからあふれ出る感情を抑えようとしながら聞こえてくる涙声の風景を。

彼は両親に対する怒りを表現しているんだけど、それはなぜか自分に全部向けられているように僕には聞こえました。自分を責めてるんだよね。それが間違っているとかじゃなくて、そんな彼の悲しみが伝わってきていたような気がします。

そして、普段はそんな長い間注意力を維持できない人たち(グループメンバー)が怒りと悲しみとを涙声で表現している彼に対して、精一杯の努力をして聞いています。そう、その辛さを共有している人たちだから。

話が一段落して、休憩が入って僕と上司は部屋を出てオフィスに戻りました。そして上司はその彼についてちょっとした背景を話してくれました。
「僕も彼がいくつか正確には知らないけど、高校までは彼はストレートA(オールA)で、スポーツも万能で家族でも学校でもいつも飛びぬけていたらしいんだけど、メンタルイルネスの症状がだんだんひどくなって、それを全部諦めなくちゃいけなくなったんだよね。今は学校もあまり通えず、仕事もビル掃除とかしかできず。でも自分が一番良くできていた、つまり家族の世話やいろんなことを責任もって引き受けていた自分に別れをしなきゃいけない現実と葛藤しているんだよね」

病名は知らないけど、彼の自分に対する恥、自責の念、それに対する怒りをとっても感じたんだよね。彼の感性の深い洞察力のある考えが周りの人に理解されないことへの怒り。それは彼がオールAのスチューデントから”精神病”の人に変わったことでいろんな障害、差別に向き合わないといけないという現実。その怒りが、家族に対して爆発して、それをまた自分に対して一手に責めつづける彼。

さて、時間は過ぎて次のグループ。それはセルフエスティーム(自尊心)の向上を目指すグループ。もうこれは1冊のワークブックを元にした徹底的なワークショップ系のグループ。クラスって感じかな。メンバーはまた様々で、さっきの彼もいました。僕の隣りにはよく話すんだけど、かなり長年重度の精神障害に悩まされているクライアントが。彼女は年配で車椅子に乗っていて、意味がわからないプリントにある言葉とかは僕にこれはどういう意味だい?とか聞いたり、もう一人の僕の同僚(グループファシリテーター)がそのクライアントを担当しているらしく、とにかくよくしゃべるんだよね。

で、クラスはドンドン進んでいき、終わりに近づいてきた時に、その車椅子の彼女が詩を読みたいって言い出しました。彼女の今までの話の内容からだと、あまり期待しない程度にじゃー聞きましょうって(これは僕の本音だったんだけど)ことになって。

その詩はBUMPについてでした。アメリカには住宅地に(って日本にもあるかな?)車がスピード出さないようにBUMPなるデッパリがあって、それを超えるには面倒だけどスピードを落とさないといけないんだよね。その詩の内容は、そのBUMPについて。

BUMPを超えるのは時には簡単じゃないけど、越えないと何も始まらない。時にはBUMPを超えることが凄く面倒くさくでも、越えた後には必ず何かが始まっているって内容。BUMPってそんなに難しくなさそうじゃん?越えるの。でもさ、世間では難しくなさそうなことが、精神に障害を持った人たちにはとっても大変だったりするわけです。そんな意味合いも込めたとっても深い内容の詩でした。

そして、野球帽の彼が(そこまでのクラス形式に嫌気がさしたのか)こう提案しました。「じゃーこのへんでみんなそれぞれのチェックイン(調子はどうかっていう一言)しないか?」

僕は彼の話を前のグループで聞いていたので、もしかしたら彼がそのことについて話したいのかな?って心の中で思いながら。

そしたら、車椅子の彼女が(また)話し出しました。

「ワタシは長い間、鬱で分裂病で本当に何をするのも生活の中で大変だし、でも人に対していいことをしようと努力して、結局自分のことを最後にしてしまう。そうすると、メンタルヘルスの状況や状態も手伝って人に利用されたり、自分を傷つけたり、本当にいろんな経験をしてきたのよね。そう、今日このクラスで私が学んだことは、自分を大切にしてあげることを忘れないこと。いたわってあげることを忘れないこと。それをしてようやく他人に対してやさしくできるってこと。数々の失敗からワタシはいろんなことを今まで学んできたわ。失敗したら何かをそこから学ぶ、そして自分を責めないようにする、それが大切だと思うの。そして今日は失敗からではないけど、また新しく自分をいたわってあげることを学んだんじゃないかと思うの。」

今までの彼女の話し振りからは詩の朗読に続いて、またまた想像を越えたストーリーが繰り広げられたわけです。そして、そのストーリーは野球帽の彼の昨夜の出来事、彼の葛藤(精神疾患に悩まされる人として)をもまるで知っているかのようにカバーしているストーリー。僕は一人で涙ぐんでました。彼はこの話をどーやって聞いているんだろう?

なんて不思議なタイミングで彼の話、彼の提案で生まれた状況でそんな話をしそうもないない人からストーリーが語られる。その話をおそらくつなげられたのは僕と彼の二人だけじゃないかな。でも車椅子の彼女のその不思議なパワー。人間の持っている、無限のパワー、そんなことをグループのみんなは感じてたんじゃないかな。

やっぱり、グループっていろんな秘めたパワーや可能性がいろんなとこからやってくるのが予想できないところが魅力だよなー。まったく、僕自身のセラピーだった今日のグループの一日でした。
[PR]
# by duggo | 2004-10-14 13:40 | 仕事

スーパーウーマン

僕の通った大学はアメリカで最初の女子大です。そしてその街は女性の街として有名な街でもあります。女性の街?ってどういうこと?注目・話題になるところから言うと、レズビアンの街。もう街中では本当にたっくさんのレズビアン達(カップルが子どもと一緒に家庭をもったり)が暮らしています。ってことはいったいどういうことなんでしょう?そうです、とても安全で綺麗で住みやすい街なのです。女性の街ですから。市長(町長?)もレズビアン。前職は幼稚園の先生だったらしい。子どもにも優しい街。そして、マイノリティーたちにも優しいのです。街にはたくさんのメンタルヘルスの患者さんらしき人たちが歩いています。ホームレスやおそらくドラッグ中毒の人たちも。でもこの街では凶悪犯罪は(めったに?)起こりません。

どうしてでしょう?どうして女性の街は安全なんでしょう?

日本そしてアメリカでもも男性中心の社会が基本となってます。女性というだけで、産まれた時点からいろいろと制約がありました。例えば、子どもでも一定の年齢からは上半身裸になってはいけない、外で泥んこになって遊ばない(もしくは遊ぶと男の子みたいと言われたり)、アウトドアや機械いじりなどはしない、などなど。もちろん男の子にも制約はあって、裁縫とか料理とかあるけどね。社会にでると、これまたほとんどの組織では男性中心です。だから、産休もあってもないようなものだとか、男性社会で生きていくっていうのがテーマだったりすること自体、女性にはやさしくないし。

で、何が話したかったというと、また前回の母の訪米に関係してくるのです。その旅行友達も一緒に。うちの母は戦前産まれの中卒から看護学校に行った看護士でした。都内の大きな病院で働いている時にその旅行パートナーでもある当時の先輩に出会ったのです。彼女は8年くらい年上だけど、当時では珍しく大卒の看護士。背も高くてきりっとした怖い感じだったそうです。今はそんな面影もなくてやさしくて落ちついた年配の女性だけど。

母は僕ら兄弟3人の子どもを育てながら、バリバリ仕事してました。高度成長期、まだまだ日本の社会の福利厚生もままならない時代から。その高度成長期と共に日本の公共衛生もドンドン発達していったと話していました。いわば、スーパーウーマンなわけです。もちろん父の助けもあっただろうけど、母の苦労に比べたら。

そして、母の旅行パートナーの女性は今まで独身のやはり保健婦さん。日本社会でどんなに独身しかも女性ということで大変な経験をしてきたんだろう?だから、2人が来た時には、この街の、この学校の女性を中心とした政策・サービスをたくさん知ってもらおうと、いつも以上にいろんなことを紹介したっけな。それが、きっと彼女達への尊敬の気持ち、今まで日本で培ってきたことへの感謝の気持ちになるんじゃないかと。

とっても、とってもすごいことなんだよ、お母さん。僕はやっと31にしてちょっと気づいた気がするよ。ソーシャルワークの勉強をしてさ。女性を中心にモノを考えるとこんなに違った、住みやすい街が学校ができあがるんだよって。社会の差別された人が考えることは、いろんな人にやさしくて、視野の広い、受け入れる器の大きなそんなコミュニティー。

もちろん、母は母であって、そーゆーこと伝えるのも直接的では難しいんだけれども、きっと伝わったと思います。きっと、そんな学校に自分の息子が2年も行って、3回の夏を過ごしていたなんてこっちにこなければ母も実感できなかったんじゃないかな。これも、母へのスーパーウーマンへの感謝の気持ち。
[PR]
# by duggo | 2004-09-30 11:05 | MSW

就職決定!

就職が決まりました。卒業後初めての面接。なんと、とってもラッキーなことに、そのポジションに数週間前に就いた日本人の人をたまたま紹介してもらい、面接前に会うことができました。しかも、面接の質問も教えてくれて、僕としては1次前にすっかり答えをばっちり用意することができたのです。そして、当日はその知り合いも面接官の一人として座っていました。6人の面接官に1人、しかも初のアメリカでの就職面接、もうなにがなんだかわからないぐらいに緊張するわ、覚えていた答えはでてこないわ。でも、もちろん答えを用意してきただけあって、それなりにポイントを得た内容で対応できました。

しかし、面接直後になぜか「あれ?なにこの感覚、違う、何かが違う。面接って質問に答えるだけなのかい?」とふと我に返る自分。時すでに遅し、面接は終了。おかげで僕は優等生という印象を与えることには成功して帰宅。

僕のアピールしたいのは優等生というところなのか?いや、違う。もっと人間味、穏やかな(風にみえるとも言えますが)雰囲気、初対面でも(自分の中では人見知り超激しいですが)人当たりの良いところとかそーゆーところのはず。本や教科書ではわからない、人間と人間のつながりの部分、そこが自分の求めるとこなんじゃないのか?それはどれだけ6人の相手に伝えることができたのか?と考えた時、やっばー全然ダメだったじゃん。

もう自己嫌悪の嵐がふきまくって、いてもたってもいられなくて、悔いばっかり残って、これで就職できるとは到底思えない!と自分でも確信して(そうです、この時点ではまだまだでした)。

そしてなんと2次面接の連絡が。もうとっても嬉しかったです。だってこれで僕という人間を知ってもらう機会がまたあるってことだから。嬉しいというよりは興奮してました。それからは、どうやって自分という人間をそんな限られた時間の空間の中で知ってもらえるかってことに重点をおいて、これまでの経験や、何が自分が貢献できるか、どんなことを自分はこの仕事で大切にしているかなど、そんなことを文章にしながら練っていきました。同時進行で友達から僕との関係のいろんな意味、自分を信じるということのパワーがどんなにすごいかなどなどサポートももらいながら。

さぁ、2次面接。チームメンバーが勢ぞろいでしかもそのポジションから去る人のお別れ会がてらのポットラック最中での面接。これがかえってリラックスムードで、僕もすっかり落ち着きながら、そんなチームの平和で優しい雰囲気を感じながら最終面接。

英語で答えるから、ときどき詰まっちゃったけど、いいたいこと、要点、自分の大切にしている部分は伝わったという手ごたえ。新人(卒業直後)だけに、ベテランの人から長い間関係を築いてきたクライアントを引き継ぐことの重要性、難しさ、そしてなによりクライアント第一の姿勢などなど、ま、自分の弱点であるところをあえて言葉に出して、でもそれを承知で挑戦します!と豪語する自分。もう、今回の面接は終わる前から、大満足のはなまる君。もう、これでだめならしょうがない、諦めもつく、と納得の面接でした。

帰宅直後に人事部長から電話。ビザのことで聞きたいんだけど。そうそう、僕はアメリカでは現在1年間のプラクティカルビザしかない外国人。雇用主はビザの取得のスポンサーになって、手続きする必要が。そして、911後(不景気の影響もあって)の移民法改正によって、ビザに発給制限が。あと数週間でその制限数に達するとの情報が。

弁護士に相談して、自分のできる範囲の情報共有を人事部長にしたり、弁護士と連絡をとってもらったり、もう僕は大満足面接だったのにその余韻に浸ることもできず、もうすっかり精神的に疲労困ぱい。心配してもしょうがないけど、心配しかできない自分へのもどかしさ。

そして、マネージメントチームでのミーティングの結果を受けて、今日就職決定の電話が。これで、貧乏学生(あくまで学生の部分が主で貧乏はまだまだ卒業できないけど)生活からのお別れ、自分のやりたいことを仕事にできた喜び、パートナーと一緒にまだ暮らせるという喜び、自分を気に入ってくれた職場への就職、たくさんのことがイッショクタンになって本当に嬉しいです。あまりの嬉しさに、うちのDUGGO(シベリアンハスキー)君のブラッシングを1時間ほど綿密にしてしまいました。幸せの瞬間の共有だね。
[PR]
# by duggo | 2004-09-24 09:03 | 仕事