大冒険1

お久しぶりです。みんなマメに更新しているのでかなりビビッてました。先月末で無事卒業しました。なんだかもう1ヶ月ぐらい経つんだなぁとこれまたビックリですが。

卒業式には日本から母そして母の旅行パートナーが来てくれました。実は5月に一時帰国したときに、母には卒業式に来てほしいと頼もうと一大決心してたのですが、あっさりと「卒業式行こうかしら?」と母からきりだされて、母の愛情を感じ、信頼関係を再認識させられたのでした。

うちの母は69歳。保健婦を定年退職して今でもすこし同職のパートもやっている元気な人です。そして、その旅行友達は77歳。母の保健婦の先輩だとのこと。この二人はいろんなところに旅行に行っているんだけど、普段はツアー参加だから日本語でOKなんだけど、今回は個人旅行。英語も話さない読めない年配の二人がくりだした大冒険なわけです。しかも僕の学校は西部マサチューセッツ州なのでそこまで来るのも簡単ではなく。車も運転しないしね。

でも、2人はせっかく初アメリカ(ハワイを除く)なんだから、楽しもうというわけで、NYC観光→学校の卒業式出席→シアトル観光→僕とパートナーの家に滞在→SF観光→ヨセミテ観光→帰国というなんともパワーあふれる内容だったわけです。自分の母ながら本当に凄いなこの人と思いました。

僕にとっては母が卒業式に来てくれるということは本当に特別なことでした。いきなり2年ちょっと前、リーマンから留学してきて、ソーシャルワークがなんだかもわからないで入学して、大学院レベルの英語もままならず単身でがむしゃらにやってきた場所、それが僕の学校のキャンパス。そして、周りの人(友達や教授たち)に助けられながら、でも僕もちょっとは助けながら、いろんなことを感じて、しかも心理学系なので家族のこと、自分の歴史、母との関係や対立をいちいち思いおこしながら勉強に励んだ3回の夏の授業。或る意味母のことを本当にたくさん考えた2年と3ヶ月だったわけです。

そして、自分がゲイだってことでおそらく母もそんな息子とどうやって接したらいいのかよくわからないんじゃないかという不安もあっただろうし、だからもしかしたら僕の卒業式には来たくないんじゃないんだろうかという不安。姉や兄に対する対応と僕への対応はゲイというだけでそんなに違っちゃうのだろうかという不安や悲しみ。そんなことをアメリカのある意味懐の深い受け入れる力を目の当たりにして、自分と家族の関係を考えていたわけです。

でも、あっさりと「卒業式行こうかしら?アメリカも行ったことないし、楽しみだわ」なんてサラッと言ってのける母。そして自分達で旅行会社と交渉して(僕からの情報を元に)計画を立ててやってきた年配の女性二人。でもなぜか僕の中では、心配よりもそのパワーと度胸に勇気づけられたというか、或る意味安心してました。だってその血を引き継いでいる僕が卒業までこぎつけられたのも、やっぱりこの度胸があったからなわけで、心配するより最大限のサポートと現地でのホスピタリティーが大切なんだと思っていたしね。

でもこの夏の最後の学期はキャンパスを一人で歩きながら母がこの場所に来ることを想像しながら、何回も涙してました。絶対母をこのキャンパスで見たら号泣すると確信してました。そんな姿他の友達や教授が見ることになるのかなぁ、こっぱずかしいなぁと思いながら。

でも卒業式では涙はちょっとしか出なくて、もう本当にやったーという達成感、自分への誇りがあふれた瞬間でした。そんな姿を母に見てもらえたなんて、それだけでもこの2年とちょっとは僕の人生の中での大きな出来事であったわけで。なんだかもしかしたらこれって僕が大学院に申し込んだ時から決まっていたことなんじゃないかって。いろんな不安や悩みがありながらも、きっとどこかではこの母の懐の深さと愛情を目のあたりにするということに確信があったんじゃないかって。だってなんだか想像していた通りなんだもん。泣きじゃくるってシナリオ以外は。a0011876_2405722.jpg
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# by duggo | 2004-09-17 02:40 | MSW

BigSecondSon

来週で2年目のインターンシップ(外来のメンタルヘルスクリニック)も終わりです。普通ならインターンシップの終わりと同時に卒業式みたいな流れなんだけど、うちのプログラムはその前にチョット待ったぁーとばかりに、卒論は佳境にはいるわ、夏の授業はフルであるわで、ぜんぜん達成感より、まだ続くこの重圧感って感じっす。そこにきてこのEnding......マジこれは辛いです。

ちょうど昨晩月イチで2年間参加した学校のシアトルStudentsのためのグループが終了。いやー、寂しかったです、そう振り返ってみると。

そして本日毎週しっかりセラピーに来てくれたクライアントとの最後のセッション。そのクライアントの強さにこっちこそ何度励まされたことか。ってことはシェアしなかったけど、そのクライアントの努力、そしてその変化に僕がたまたま遭遇したってことへの幸運さと感謝の気持ちは伝えました。最後に女性のセラピストを実は最初希望したなんて言われたけど、そこもそのクライアントの努力の結果、違った角度からコアな問題に取り組めたって経験は、お互いにとって貴重なものでした。最後に君の名前はFriendって意味だし、僕の名前はBigSecondSonだったね、て最初のセッションで話したことを回想したりして。涙出ちゃうとこでした。そのクライアントにも乾杯!

明日も一人、来週もまた一人。Endingは夏まで怒涛のように続きます。体もつんかいな?これもこの職業の必要な部分。なんたってIntimateな期間限定の関係だもんね。

悲しさのあまり、直後にオフィスにあった普段は食べないドーナツ1個食べてしまった。こうやってセラピスト太っていくんだろうか?ってふと疑問になったりして。
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# by duggo | 2004-04-15 14:06 | MSW

シアトルの太陽

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どーもー皆様、卒論も忙しく思いっきり遅れまくっているというのにブログ初登場です。昨日はここアメリカシアトルは気温25度の絶好の晴天で、彼とシベリアンハスキーDuggoと一緒に太陽の恩恵に与りました。場所はシアトルの内海(そう、シアトルって内海に囲まれているんです)の二つを結ぶLocks(二つの湖の海抜が違うためいったん船をプールして水を加えてもしくは水を除くとこ)を望む芝生の段々畑に朝から行きました。参考資料:http://www.vrseattle.com/html/vrlist.php?cat_id=75

イヤーいい天気だったし、ちょっと暑かったけどいいところでした。なんたって水も眺められて、いろんなヨットやクルーザーも通るし、勉強するところには全く向かないけど(苦笑)、休日にゆっくり太陽さんを楽しむにはもってこいの場所でした。でも連れの彼は行くときは車運転しながら、5年間飲み続けたアレルギーの薬を止めたことに誇りを持っているとか言ってたくせに、すっかりそこではアレルギーアタックされて意識朦朧としていました。Duggoもそりゃーシベリアに比べれば暑いよなってぐらい暑かったので、日向に寝転びながら息切らせてました。で、僕のラップトップの充電が切れたところで切り上げて帰宅。でも、今は学生でもうすぐ卒業で、仕事もビザの関係でマジに探さないといけないし、僕には休日あーやってゆっくりすごす生活が待ち受けているのだろうか?とふと疑問になってしまった自分を発見。僕の目標はそんな瞬間が訪れたとき忘れずにあ、これだよこれ!って楽しめる自分でいること。

このイメージの対岸の芝生の上のほう陣取ってました。急勾配な面に見えるけど段々になっているからなかなか心地よいです。
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# by duggo | 2004-04-05 03:14 | Private